2023/06/01
山下智博さん×栗岡大介
日中関係で生じる摩擦を解消し、文化を通じて相互理解を深めることを目指し、株式会社ぬるぬるのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)として活躍されている山下智博さん。日本と中国という二つの視点を持つ山下さんと、日本の観光の未来について語り合いました。
山下智博さん
株式会社ぬるぬる CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)。1985年北海道小樽市出身。小樽ふれあい観光大使。2008年、大阪芸術大学卒業。札幌市教育文化会館職員を経て、2012年中国・上海に移住。2013年からBilibili動画、微博などの中国ネットで動画の配信を開始し、「紳士の大体一分間」が大ヒット。現在、中国の各プラットフォームのフォロワー650万人超、再生回数14億回にのぼる唯一無二の日本人クリエイターに。2019年株式会社ぬるぬる 設立。中国ネットコンテンツのプロデュース業を手掛け、「日中の架け橋」ならぬ「日中のローション」になるべく日中を股にかけプロデューサーとしても奮闘中。
栗岡大介:山下さんとは昨年、僕の投資先である訪日観光メディア「MATCHA」のパーティーでお会いしたのが最初でした。
MATCHA青木社長との対談は こちら
山下智博さん:そのパーティーで栗岡さんはなぜかひたすら料理をしていて(笑)「これ、めちゃめちゃウマいっすね」って声をかけたところからお付き合いが始まりました。同い年ということもあって、そこから月一回程度ご飯を食べに行きつつ、観光を軸にいろいろなテーマでお話するようになりましたね。
栗岡:山ちゃんって、多彩な人格があるのが面白いと会う度に思っています。中国で超有名人になったインフルエンサーの山ちゃん、北海道の田舎出身の山ちゃん、起業家の山ちゃん…。
山下:ああ確かに、いろんな「私」を持っていますね。
栗岡:いつも僕はいろんな山ちゃんに出会っていますよ。作家の平野啓一郎さんの著書「分人主義」を地で生きる、そんな山ちゃんと対話をするのが今日はすごく楽しみです。
(分人主義:対人関係や環境ごとに分化した、異なる人格。それら複数の人格すべてを「本当の自分」だと捉える考え方)
さて、山ちゃんは2012年にいきなり中国に裸一貫で渡ったことからインフルエンサーとして強烈な人格を形成したわけですが…。その人格を形成するために中国に渡ったのでしょうか?
山下:表現者としての僕は「いろんな抑圧に塗(まみ)れてこそ、そこから生まれてくるものがある」と思っていたので、このまま平和な日本にいても仕方ないな、と。ちょうどBRICS(経済発展するブラジル、ロシア、インド、中国の総称)という言葉をメディアでよく耳にする中で、中国って近いのに謎が多い上に、日中関係も芳しくない、じゃあ思い切って20代のうちに一度ここで試してみよう、ということで。
中国では僕の名前は「ヤマシタ」と呼ばれなくて、「ジーボー」と読まれるんですよ。今思うと、そこで新しい人格が生まれた気がします。人の名前が変わるというのは、新しいキャラクターをつくる上ではすごく影響があったと思います。それで、まずはいわゆる中国人が思うステレオタイプな日本人を演じることにしました。中国人が考える典型的な日本人像は「真面目で勤勉だけど実はムッツリスケベ」と僕は考えて、そのイメージをベースに活動を始めました。
栗岡:なるほど、そのイメージからラブドール(空気人形)を使ったんですね。
山下:そうです。中国での活動初期にラブドールとデートした様子を動画にするというのをやったら、それがものすごくバズったんですね。急に街に変な奴が現れたらどうなるのかという社会的実験、パフォーミングアートという名目でやってみたんです。炎上してもう中国から締め出されるかなと思ったら、これをきっかけに若者から強烈に支持をもらえて。
(ラブドールと街を練り歩く山ちゃん)
山下:当時の中国の動画プラットフォームって、再生回数があってもまだ全くお金にならなかったんです。中国人って根が商売人だから「お金にならない無駄なこと」に労力を費やす意味が理解できない。超学歴社会で、そこから一度あぶれたら這い上がることができないというのが中国の厳しい現実でした。そんな最中、奇妙な日本人が楽しそうに動画をつくっては、アップロードし続けている。「あまりに非経済的で非効率的だ、どうかしているぞ!」と注目されだしました。不思議なもので、そんな僕をキッカケに日本に興味を持った人が出てきて「日本のことを教えてほしい」というコメントが続々と来るようになりました。
栗岡:山ちゃんの活動は現地の中国人の心理的ハードルを下げたんだと思います。気軽に何を聞いてもいい人っていうポジションが生まれた。振り切った活動ができたのも、「分人化」されたジーボーだからできたのかもしれませんね。
山下:僕は別に新しいことはやっていないんですけどね。いわゆるタイムマシン経営をやったんです。「非モテ(モテなくても)」であっても面白ければ評価されるというカルチャーが日本のニコニコ動画にありました。その考えを中国に持ち込んだことがバズを生んだんです。
栗岡:最近、構造主義の父と呼ばれるクロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』を読んでいます。そこで言われている「ブリコラージュ」(ありあわせの道具材料を用いて自分の手でものをつくること)を山ちゃんは中国で実践していたんですね。金にならないことはしないという当時の中国の合理主義的思考に対して、日本の「非モテでも面白ければ評価される」という考えを持ち込み、ラブドールと中国の街を練り歩いた。それが多くのフォロワーを生むという…今考えるとむしろ非常に合理的な結果を生み出しました。「野生の山ちゃん思考」に行き着いたのかな、と。
山下:なるほど。当時はそこまで考えていなくて、生きていくために必死でやったライフハックでしたけどね(笑)。
栗岡:2019年、株式会社ぬるぬるを立ち上げて、2020年に日本に帰国されて。今、新フェーズに突入していますね。
山下:はい、会社名の「ぬるぬる」には、日本と中国の摩擦を相互理解のキッカケとポジティブに捉え、僕がローション(潤滑油)のような存在になるという、想いを込めています。
これからは日本の良さが伝わるコンテンツをどんどん生み出していきたいと思っています。そもそも中国でバズることができたのも自分の力ではなくて、日本の先人たちが積み上げてきた「日本」というIP(知的資産)を使わせていただいたおかげですし。
「海外に行って初めて自分が日本のことを全然知らないことに気づく」って典型的な“あるある“ですよね。僕自身もこれから日本の深い部分の本当の魅力をもっともっと知りたいと思っていますし、日本の芸術や、北海道という生まれ育った場所、自然というものに対しても、あらためて「中国の視点」から見直してみているところです。
栗岡:そういえば少し前に驚いたニュースが、ニューヨーク・タイムズが発表した「2023年に行くべき52カ所」にロンドンに続く世界2番目に岩手県盛岡市が選出されたというものでした。選出理由は「コンパクトな街で自然がいっぱいあって居心地がいい」と。「なぜ盛岡?」と僕も思ったし、実際に盛岡の人たちも同じことを思ったようです。日本人がポテンシャルとして考えてこなかった当たり前の風景が、評価されたということですね。日本のローカルの魅力が日本人以外の人々によって多言語で言語化され始めているのが興味深いです。
山下:面白いですね。インドを旅したことありますが、「田舎」だと普通に野犬の群れと鉢合わせたことがあって、本当に危ないなと感じたことがあります。逆に日本の「田舎」は安心安全で100%脱力しても大丈夫という安心感がありますよね。同じ田舎でも全く違いますし、そういう意味で安全を約束された自然が日本の魅力の一つだと言っても過言ではないでしょう。
山下:日本について海外へどう発信していくかに関しては、日本人が主体となって実施していくことに対して正直なところ限界を感じています。これからは、僕が媒介者となり「日本のことが好き、日本のことを知りたい」という海外の方々に対して、彼らの言葉で日本について発信するためのインセンティブ設計をしていこうと考えています。
実はこれまでたびたび、日本の自治体から私に「ここを旅して動画にしてください」という依頼がありました。ただ、一泊して自治体からおすすめされたスポットを巡って動画を撮ることが果たしてその地域の魅力を伝える最良の手段なのかという疑問を持っていて…。プロのプロデューサー、インフルエンサーとしてガイドブックで紹介される場所をただ紹介するのは無責任だと感じています。また、名産品も似たものが多い。外国人観光客が増える今だからこそ、あらためて「その地域の本質的な魅力とはなにか?」を哲学する必要がありますね。
栗岡:なるほど、この課題感が現在山ちゃんが挑戦している「インフルエンサー・イン・レジデンス」の原動力になっているわけですね。
山下:はい。昔からある「アーティスト・イン・レジデンス」をインフルエンサー版に応用したものが、「インフルエンサー・イン・レジデンス」です。ホストとなる自治体が、インフルエンサー滞在用に宿泊場所や活動資金を提供し、数ヶ月~半年くらいのスパンで受け入れてもらう。インフルエンサーはその場所に一定期間住み、観光地を巡るだけではなく、ローカルな日常を楽しみ発信する、という仕組みです。世界のインフルエンサーと日本の街をマッチングしていきたいと考えています。
島国気質で閉鎖的な日本人が、世界に対して情報を発信するってこと自体、やっぱり「無理ゲー」なんですよ。根強い外国人アレルギーを取り除くためにはリアルに交流するということが必要です。言葉がうまく伝わらない中でも、レジデンス(住民)として長期滞在する間に地域の人と食事したり、交流したり、言語や文化を越えて仲良くなっていく。お金をかけて「いいね」を増やすことはできても、長期的な人間関係を築くのは難しいと僕は考えています。
栗岡:これも一種のタイムマシン経営ですね。世界中で実施されているアーティスト・イン・レジデンスは作品制作だけでなく、地域との交流で成功を収めています。僕は、インフルエンサーはスマートフォンなどのITを活用するメディア・アーティストだと捉えています。アートの世界で上手くいったことを、インフルエンサーで試してみる。実際にこのプロジェクトを進めるためにはどんな課題がありそうですか?
山下:まずは「自分たちのエリアにどんなインフルエンサーに来てほしいか?」を考える前に、そのエリアの中長期的な戦略の組み立てや、受け入れ体制といった準備が必要かもしれませんね。一見すると大変ですが、一部のエリアで成功事例が生まれるなどキッカケさえあれば、一気に導入を進める自治体や事業者が増加すると予想しています。そうすれば、全国各地のレジデンス・インフルエンサー同士の横の繋がりもつくって、「点」じゃなくて日本全体の魅力を「面」で発信することが可能になります。また、日本各地に受け入れ施設ができれば、インフルエンサーは日本各地を転々と旅して、地域の豊かさや個性を世界に紹介するというサイクルが生まれます。
栗岡:事業会社という観点では、海外ではこれまで有名アーティストを株主に迎えることでマーケティングを強化するという動きはありました。最近、日本の企業でも、YouTuberを社外役員に迎える企業が出てきましたよね。一時的なバズを狙ったものではなく、自社商品の魅力の伝え方やフォロワーとの関係性の構築の仕方を事業に取り入れたいという、前向きな企業姿勢が伺えます。山ちゃんの取り組みは企業のみならず自治体も巻き込み、日本人がまだ気づいていない地域の可能性を発掘し、世界にローカルの素晴らしさが伝わるというもの。今後の動向が楽しみです。
栗岡:先日、朝日焼の当主・松林豊斎さんを訪ねて京都・宇治にある窯元へ行ってきました。松林さんからは「栗岡さんもお茶を点てたらいいですよ」と茶碗を譲っていただいて…それから、たまに自分で点てています。姿勢を正して、茶碗を持って、ゆっくり味わうだけで、時間の流れだとか体調の変化にすごく敏感になりました。お茶をいただくことを「一服」といいますが、自分の内面に働きかけるという効能は、まさに現代の「処方箋」。お茶という文化を通じてウェルビーイング(心身ともに健康で満たされている状態)な時間を実現しているんです。
今、ウェルビーイングという考え方は世界的に注目されていますが、そもそも古来の日本文化はウェルビーイングのショーケースでもあると思うんです。ポスト・コロナの観光を考える上でも重要な切り口だと考えていますが、いかがでしょう?
山下:中国は頻繁にルールチェンジが起こる国なので常にスピーディなんですね。なので、中国の方からしたらそうした余白を持つ日本の文化や、人々の心に受け継がれている精神的な時間軸というものはかなり異質に映り、心惹かれるものでしょう。ただ、インフルエンサーの視点からすると、人の「内面」というのは、どうにもメディア化しにくい。一方で、そのような体験をしたという事実は、メディアを介さなくてもインフルエンサー同士のクチコミで伝わっていきます。
栗岡:無形資産が多くある伝統工芸や文化においては理解、表現しにくいものであっても体験を提供するなど、長期的な戦略立案が重要です。ここは当社でもなんらかの事業をつくりたいと考えているところです。朝日焼の松林さんも「次はバーレーンに行ってくる」と言っていました。つくるだけでなく、伝えることにもリソースを割いている姿に感銘を受けました。
山下:そうですね、外国人に向けた発信って、どんな反応が返ってくるかが本当に読めません。子供のリアクションと似ていて、どこに興味を持ってくれるのか、まったくもって予想不可能。だからこそ、我々はモノだけでなく、いろんな体験や出会いも一緒に提供することが大切です。外国人旅行者を「消費者」ではなく、「一緒に発信していくパートナー」だと捉えることが観光業に携わる事業者のスタートラインではないでしょうか? 外国人観光客は事業共創パートナーなんです!
栗岡:その考えこそが、それが「観光」の語源である「国の光(可能性)を観る」上で僕たちが踏み出さなければいけない一歩ですね。日本の成長の一翼を担う観光業に僕たち自身がもっともっと光を見いだせるように、今後日本を訪れるたくさんの人々と価値共創をしていきたいです。
山下:日本には光輝くものがたくさんあると信じています。国同士の摩擦に対してはヌルヌルと潤滑油のような活動を行い、日本ではローカルの可能性をキラキラと光輝かせることができるよう、僕たちも活動エリアを拡げてまいります。みんなで日本の光をもっともっと大きくしていきましょう! ありがとうございました!