2022/08/22
若林秀樹さん×栗岡大介
東京理科大学大学院の若林秀樹教授と転換点を迎える半導体業界について、また「課題先進国・日本」の復活の鍵についてお話しました。若林さんならではのエレクトロニクス分野のアナリストやシンクタンクの目線、そしてアカデミアの視点がたびたび交差する対話となりました(栗岡自身が若林研究室の卒業生であることから、師弟の対話となりました)。
若林秀樹さん
東京大学大学院工学系研究科修了後、野村総合研究所入社。日欧米の証券会社でアナリスト、ヘッジファンドの共同設立などを経て、2015年Noサイドのリサーチシンクタンクを設立。2017年から東京理科大学大学院教授、ビジネススクールである技術経営(MOT)の専攻長を務めながら、経済産業省の半導体・デジタル産業戦略討論会等の有識者メンバーとしても活躍。近著に「デジタル列島進化論」(日経BP総合研究所)。
栗岡大介:本日はよろしくお願いします。先生の最新書の「デジタル列島進化論」を拝読しました。田中角栄氏の「日本列島改造論」から50年を迎え、ハード・ソフトの両面から先生ならではの視点で新たな日本復活のコンセプトを明示していましたよね。
デジタル化が企業だけではなく国の成長の鍵を握るなか、一方で、メディアでは半導体不足が連日報道されています。
若林秀樹教授:はい、今回の半導体不足の背景には3つポイントがあります。1つ目は地政学的要因、2つ目は半導体の技術など供給面での要因、3つ目は需要面の変化です。
まず、地政学的な要因ですが、実はコロナ禍になる前のオバマ政権で中国を警戒、トランプ政権下で米中摩擦が激化しました。例えば、Huawei社は米国から輸出が禁止されることを予期して2019年頃から在庫の積み増しをしていた。このように、コロナ禍前から業界内では在庫を積み増そうという動きがあり、サプライチェーンに変化が既に生じていたのです。
2つ目の半導体の性能についてですが、長期トレンドでみると、半導体チップの製造期間が大昔は1ヶ月程度だったものが、現在は半導体の微細化を背景に5ヶ月になっています。具体的には、工程数が100程度から1,000程度に増加、工場内の導線も20年くらい前は数十キロだったものが、数百キロメートルになった。ただでさえ、生産期間が長期化していた所に、コロナウイルスが蔓延し、サプライチェーンが一段と混乱しているのが現在の供給サイドの状況です。
一方、需要サイドでは、コロナ禍で在宅勤務ニーズの高まりから新規でPC需要が増えたほか、テレビなどの家電やオンラインゲーム、Netflixなど巣ごもり需要がありました。その裏側では膨大なデータ量が飛び交い、データセンターの能力増強という需要も増えたことになります。
供給・需要両方で、予想外、想定外のことが起こり続けているんです。これらが需給ギャップと認識ギャップを生み、更に在庫を積み更に不足という悪循環が起きていた。いわば、短期志向と利己利益の最大化が問題を引き落としています。
栗岡:なるほど非常にわかりやすい! そうすると、自動車・エレクトロニクス業界は今後は地政学リスクの観点を踏まえてサプライチェーン問題に引き続き対応しないといけませんね。
一方で、今回のパンデミックは、現代社会の課題を「見える化」してくれただけではなく、価値観の変化も起こしました。新たな事業機会がうまれる機運も高まっているように感じます。大きなテーマとしては「分散と協働(シナジー)」ではないかと思っています。
マクロではパンデミックに加えて、地政学リスクを折り込みながらブロック経済が進むと予想します。結果的に、拠点や製造場所を分散させながら、コストだけでなく思想も交えていかにアライアンスを作って行くかが重要です。
ミクロでみても、私たち自身のライフスタイルが大きく変わってきています。職場をオフィスだけでなく、自宅やシェアオフィスに分散。複数拠点で住まいを持つことが可能になるサービスが出てきて、東京で働いていた人たちが地方での生活も可能となり、地方で現地の方々と仕事をする様子も目にするようになってきましたよね。
若林:そうですね、半導体在庫が過剰となる一方、世界景気の減速、コロナ巣ごもりの反動から、足元ではスマホ、PCの需要が鈍化してきました。さらに、米中摩擦もロシア・ウクライナ戦争も続いています。マクロだけでなく、私たちの生き方がどう変化するのかというミクロの視点も、今後の世界を占う上で重要になってきます。
栗岡:先生と対話すると必ずサイクル(周期)についての話が頻繁に出てきます。先程は、半導体の動向をサイクルで考えながら示唆的なコメントをいただきました。
若林:私はいつも「大きなサイクルがあって、小さなサイクルがある」と考えています。今回の半導体の盛り上がりも、半導体を知らない人は「これはずっと続く」と思ってしまったようですが、半導体業界の人はサイクルを知っているので驚いてはいませんでした。変化をどのサイクルで捉え、考えるのかというのが大事ではないでしょうか。
パンデミックもそうですが、増加・収束・飽和します。経済学でもシュンペーターの「景気循環論」という理論があり、景気が回復、好況、後退、不況で循環することを説明しています。
半導体シリコンは最近2年サイクルと言われていますが、大きなイノベーションやプラットフォームのサイクルは30年と言えると思います。もう少し大きな視点でみると国家のサイクルは50~60年と言われています。大・中・小全てのサイクルにおいて、現在は時代の転換点に来ているのではないでしょうか。
栗岡:サイクルは日本固有のものではなく、世界で同時多発的に起きていますよね。約50年前、ヒッピーカルチャーに多大なる影響を与えた「Whole Earth Catalog」が発刊され、同誌にインスパイアされた人々がインターネットの発展に貢献しました。そして現在では、web3.0という新たなインターネットの形を模索する動きが積極的になってきました。
若林:今は、50年ぶりの大きなサイクルだと考えています。今までは、水平分業、短期的な利益の最大化が全体の利益になるという考え方でした。それが、米中対立、ロシア・ウクライナ戦争を経て転換点に来た。私の経験からは、現在は1970年代に似ていると思っています。金融面では金融危機のあった1998年に似ているかもしれません。
私は常に、過去の3年、5年、10年、30年、50年といったサイクルを照らし合わせて、今はどこにいるのかというのを考えています。世の中のこれからを予測するときに、直線的に考えるのではなく、曲線的に考えていく必要なのではないでしょうか。
そういった考えのもと、田中角栄氏の「日本列島改造論」から50年たった今、「デジタル列島改造論」という本を書きました。
若林:70年代の日本は、公害問題や地方衰退が問題視されていました。そんななか、発刊された「日本列島改造論」には、過密と過疎の弊害解消、工業の全国再配置、知識集約化、新幹線・高速などのインフラ投資、情報通信網のネットワーク形成、都市と農村の格差解消が宣言されており、さらに戦争を経験した日本の平和と国際協調が訴えられていました。経済合理性だけでなく社会課題の解決と平和など「新しい資本主義」そのものではないでしょうか。
栗岡:発刊から50年、一部の地域では関係人口増や起業家の育成などの取り組みはありますが、全体でみると(地方)経済の衰退、インフラの老朽化、人口問題は不可避な課題です。
若林:この問題は日本だけではなく、今後世界各国が直面するものです。私たちは、半導体が支える基地局やデータセンターによるデジタルインフラ、EVも活用したスマートグリッド網、さらに、デジタルインフラを活用した自動運転やロボティクスを活用した物流網の利活用により課題を解決し、課題解決のユースケースをいち早く、世界に輸出できます。つまり日本は社会課題解決のプラットフォーマーになれる素地があるわけです。衰退から再生、そして成長へ、課題解決方法を提案するので、競争や対立ではなく「安心、安全、安定、安保と協創」が大きなビジョンとなります。
栗岡:ITというと東京や福岡など大都市圏を想像する方がいるかと思いますが、実は漁業や農業など人手不足が叫ばれる業種が多い地方の方が、ITの力を発揮しやすいほか、人手がいない中での防災などIT化できる場所が多くあります。
若林:その通りです。まずはデジタルインフラの整備を行うことが、地域経済や人口増加に繋がると考えています。5G、6Gの基地局とデータセンターの構築が肝です。自動運転や遠隔治療・防災の観点からもセンサーの取り付けを行うなど、経済合理性だけでなく、レイテンシーの観点から大型に加えて、小型なものの設置が必要ですね。
田中氏は、駅や道路をつくることで地域経済を刺激してきました。私のアイデアは、デジタルインフラを整備することで、関係人口の増加と地域格差の是正、そして雇用の裾野が広い半導体・エレクトロニクス業界への経済施策が実現できると考えます。
栗岡:複数拠点での仕事生活をする上で、デジタルインフラの有無が「地域が選ばれる」大きな決め手になってきています。IoTデバイスの発展で益々そのニーズが高まりますし、防災の観点でも「デジタルツイン化」されている地域で暮らすのは安心感がありますから。
若林:全国でデジタルインフラが整うことで、私たちの働き方が大きく変わる、いや変わらざるを得ない雰囲気を醸成したいと考えています。
これまで多くの日本人の働き方は、大学に入るまでは猛烈に勉強し、社会人になると仕事だけの生活、定年退職をして何もしなくなるという区切られた生き方でした。そうではなく、大学のときに勉強もするし、社会貢献もする。会社に入ってもNGOで活動、個人事業主としても活躍するなど働き方の多様性を推奨します。日本の生産性の低さ、つまり一人当たりのGDPが低い理由は、地方や中小企業、シニアの生産性(一人当たりの付加価値、特に一人当たり時間当たりの付加価値はもっと低い)が低いことですが、5G以降の情報通信網整備によって、こうした生産性が上がってきます。観光産業への波及も見込めます。
栗岡:過疎化が進む新潟県・山古志村では村民台帳としてNFT(Non-Fungible Token)を発行したところ、世界中の人たちがNFTを購入し、山古志村の(デジタル)村民となり、各国各地から山古志村を訪れるという現象が起こっています。会社のような組織にとらわれず、自分の才能を活かしたい人が増える中で、デジタルインフラ構築は、首都圏に過度に偏重する人口を地方に分散させるだけではなく地方のグローバル化の一助にもなります。
若林:私の列島改造は、単なる国内景気の刺激策ではなく、グローバル需要を取り込むためのものです。列島のデジタルインフラの整備をベースにした行動変容や社会変化により社会課題を解決するのみならず、地方が活性化され、成長を自走できるようになる。そのノウハウを海外へソリューションとして輸出すべきです。
具体的には、高齢者の運転、移動データや医療データがなど挙げられます。それらをパターン、モジュール化し、海外の都市・地域に提供していきます。
国家そのものが実は、プラットフォーマーなのですが、これを強く意識するイメージです。治安、税制、文化に加えて新たな「社会課題を解決する」というビジョンのもとに多くのユーザーが共感して集まる。三方良しを念頭に、協創を続ける「新しい資本主義」こそ、私たちが目指すプラットフォーマーの理念です。
栗岡:差別化は、社会課題解決という「コト」という理解でいいでしょうか?
若林:そうです。“プラットフォーム”として重要なことは、ユースケースをつくることです。ユースケースをつくり、仲間とともに「標準化」を目指す。日本はモノやインターフェイスの差別化をするのですが、それだけではスケールが難しい。中国は、日本から見たらインターフェイスが同じにみえますが、実は“標準化されている”ということなので、スケールするんです。
独自のユースケースを標準化した時に、プラットフォーマーとしての強みとスケールの可能性が出てきます。
社会課題の解決は一企業が行うことは難しい。今、私のゼミでも一つの成功事例・取り組みを深掘りし、周辺産業や異業種への横展開が可能かを議論しています。データ、スキル、ツールを標準化し、APIのように連携を取りやすくすることで課題解決ツールとしてスケールする可能性が生まれるわけです。
栗岡:社会課題のソリューションを輸出するにはプラットフォーム戦略が有効であることは理解できました。一方で、それを実践する人をどう育成するのかが、今回の列島進化論の実現を左右するかと思います。
若林:そうですね。人材育成が今回の進化論の成功を左右させます。現在、東京理科大の社会人大学院で未来のCxO育成を目指し、技術経営学を教えています。
学生には、従来の問題解決に向けたフレームワーク「5W1H」にWhom(誰と)・How much(いくら) を追加し、「6W2H」が重要だと伝えています。事業を「誰と」「どれくらいの規模でやるか」によって答えは全く異なってきます。これは、あなたらしさを引き出す問いでもあります。一般的に今まで経営学やビジネススクールで教えていたのはHowが中心でしたが、それだけではうまくいきませんでした。
多くの人たちの思考がタコツボ化しているように感じています。例えば多くのマーケティングのハウツウ本ではマーケティング論で社会全体を説明する。しかし、現実は組織、ファイナンス、戦略など様々な要素で構成されている。
栗岡:世界に目を向けるとダイバーシティという言葉が闊歩していますが、蓋を開けてみると民族も言語も減少を続けています。また事業も、「スケールしないものは良くない」という考えが広がり続けているように感じます。ダイバーシティが少なくなってきているように感じているのですが、どうでしょうか。
若林:はい、だからこそ私たちは学び続ける必要があるんです。歴史を知ることは人々の裏切りや生き様をケーススタディで学べます。また、数学は抽象化を、物理は、物理のモデル化を知ることで、抽象化するためのツールを学べます。多様な学問全てに意味があり、知識を知恵にするところに考え方の多様性が生まれます。
重要なことは、自分が興味あるものを、「見える化・抽象化」し、そして「具体化・想像」する力です。例えば、赤ちゃんが泣いているとき、どうするか。まず本を読む。そうするとなぜ泣くかのロジックは理解できる。その後、赤ちゃんが泣いているところに直面したときに、想像力を働かせて、具体的なアクションをとる。体験することで、初めて勉強した理論を実践できるのです。
技術経営学を専攻した社会人の皆さんとは、社会人としての悩みや理想と現実のギャップの「見える化・抽象化」を行いながら「想像力を働かせて、具体的なアクション」を論文等で策定し、それを自分の人生や会社に還元していく。そんなユニークな取り組みを大学院で続けています。
栗岡:ありがとうございます。今日は、先生のアナリスト、シンクタンク、教育という多様な視点から、日本の可能性について希望をもらいました。日本が世界の未来の発展に貢献できる可能性があるんだ、と。私も日本の地域を奔走する中で、今回いただいたアイデアの実践をしていきたいと思います。
ありがとうございました!